小田切紗和 21歳 大学生

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作品紹介

小田切紗和が大庭雅史と初めて会ったのは、大学3年の春だった。

紗和がアルバイトをしているスポーツ用品店で、54歳の大庭から声をかけられた。

「ランニングシューズ見てもらっていい?」

少し出た腹に、年齢の割に派手なスニーカー。紗和からすれば、どこにでもいそうな中年男性だった。

「普段どれくらい走られます?」

「最近また始めようと思ってね」

紗和が商品を選んでいると、大庭が尋ねる。

「お姉さんもスポーツやってる?」

「大学でハンドボールやってます」

「へえ。だから脚しっかりしてるんだ」

紗和の表情がわずかに曇った。

「……こちら試着できますよ」

聞き流して接客を続ける。

会計へ向かう途中、大庭は紗和の名札を見た。

「小田切……紗和ちゃん?」

「下の名前で呼ばないでください」

「怒られた」

ニヤニヤする大庭を見て、紗和は「ちょっと嫌なおじさん」と認識した。

ところが翌週、大庭はまた現れた。

「紗和ちゃん、いるじゃん」

「だからやめてって言ったでしょ」

その次も、そのまた次も来る。

やがて大庭は月に数回来店する常連になった。

ある日、突然聞かれる。

「彼氏いるの?」

「いますよ」

「何歳?」

「22」

「俺54だけど、俺じゃ駄目?」

紗和は思わず笑った。

「ないない。お父さんとそんな変わんないじゃん」

「即答かよ」

「そもそも彼氏いるって言ったでしょ」

紗和にとっては冗談だった。

大庭は恋愛対象として考えることすらない相手だった。

同僚から、

「あのおじさん、小田切さん狙いじゃない?」

と言われても、

「絶対ない。無理」

と笑う。

「でもお金持ってそう」

「いくら積まれても無理だから」

そう即答できるほどだった。

それでも顔を合わせ続けるうち、

「また来たんですか」

「客にその言い方ある?」

「大庭さんだから」

と軽口を叩ける程度には慣れていった。

転機は、紗和が金銭的に苦しくなった時期だった。

遠征費、シューズの買い替え、生活費。さらにスマホまで故障しかけている。

大庭から、

「今日、機嫌悪くない?」

と言われ、

「今月ほんとお金なくてイライラしてるだけ」

と何気なく漏らした。

その夜。

大庭からメッセージが届く。

『本当に困ってるなら三万くらい貸そうか?』

紗和は顔をしかめた。

『いらない』

『返すのいつでもいいよ』

『だからいらないって』

こんなおじさんから金を借りるくらいなら、柊吾に相談すればいい。

そう思っていた。

ところが翌日、スマホの買い替えが必要だと分かる。同じ日に部活の遠征費まで請求された。

夜。

一人暮らしの部屋で銀行アプリを開く。

残高を見て、紗和はため息をついた。

親には頼りたくない。

柊吾にも金の相談だけはしたくない。

しばらく迷った末、大庭とのトーク画面を開いた。

『三万くらい貸そうか?』

昨日なら迷わず断れた文章。

紗和は何度も入力しては消し、最後に、

『昨日の話って、まだ大丈夫?』

と送った。

すぐに既読がつく。

『もちろん』

紗和はスマホを伏せた。

このときはまだ、本気でそう考えていた。

たった三万円を借りるだけ。

返してしまえば、大庭はまた「ちょっと気持ち悪い常連客」に戻る。

二人の関係が変わるはずなどない、と。
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