作品紹介
男の名前は、山本修司、53歳。未婚の内装会社経営者で、「花屋 オクターブ」の店主・塩見佳代とは二十年来の付き合いだった。
初対面から、山本の視線は史乃の胸元に落ちていた。
「こんな子がいるなら、もっと早く来ればよかったな」
やらしい視線であからさまに見ている
史乃が花の説明に戻ろうとすると、山本は顔を覗き込んだ。
「怒った? おじさんの冗談だよ」
「そんな立派なの見せつけてくるからだよ」
佳代は笑いながら山本の肩を叩く。
「もう、困らせないの。史乃ちゃん、この人こういうこと言うけど、根はいい人なのよ」
史乃は小さく笑うしかなかった。山本は、その笑顔を覚えていた。
それから来店が増えた。
「今日は何時まで?」
「昨日いなかったね。休みだった?」
「髪、下ろしてるほうが俺は好きだな」
注文を済ませても帰らず、作業台の近くで話し続ける。史乃が別の客に対応すると、終わるまで待っている。接客後には必ず「さっきの続きだけど」と声をかけた。
佳代には、親しい得意客が店を気に入ってくれているように見えていた。
「山本さん、史乃ちゃんと話すの楽しみなのね」
史乃が困ると、佳代は自分が代わることもあった。それでも後から「悪気はないから、あまり嫌わないであげて」と言われる。そのたびに、史乃は相談したことを後悔した。
会場装花の連絡のために交換した番号には、仕事と関係のないメッセージが届くようになった。
返さないでいると、翌日の店先で尋ねられる。
「忙しかった? 既読にはなってたからさ」
史乃は、店で問い詰められるよりはと短く返信するようになった。すると山本は、連絡を取り合う間柄になったと思ったらしい。
「昨日は返してくれたのに、今日は冷たいね」
一度返したことが、次も返す理由にされていった。
食事の誘いも同じだった。
史乃は何度か断ったが、佳代が「私も行くから」と言うので了承した。当日、佳代は急な配達で来られなくなった。
帰ろうとすると、山本は予約してあると言った。
「食事だけだよ。そんなに警戒されると傷つくな」
史乃は、一時間ほどならと席についた。
その夜から、山本の言い方が変わった。
「この前、二人で楽しかったじゃない」
「次はいつ空いてる?」
「彼氏には食事くらい、いちいち言わないでしょ?」
史乃にとっては断り切れなかった一回が、山本にとっては次の約束の根拠になっていた。
やがて、仕事の打ち合わせの帰りに山本が言った。
「もう少し一緒にいようよ。二人きりになれるところで」
「今日は帰ります」
「今日は、ってことは別の日ならいい?」
「そういう意味じゃなくて。私、彼氏がいるので」
山本は笑顔を崩さなかった。
「それは最初から知ってるよ。別れろなんて言ってないだろ」
史乃は言葉を失った。山本はその沈黙の間にも、次の予定を決めようとした。
「今度は仕事抜きで会おう。もう、お客と店員だけって感じでもないし」
食事に応じたことも、連絡を返したことも、そんな関係を望んだという意味ではなかった。それを説明しようとすると、山本は「考えすぎだよ」と先に笑った。
帰宅してからも、通知が続いた。
「無事着いた?」
「さっきの話、嫌だった?」
「返事くらいしてくれてもいいんじゃない」
史乃がようやく「困ります」と送ると、すぐに既読がついた。
「何が? ちゃんと会って話そう」
翌朝、出勤した史乃に佳代が声をかける。
「山本さんから電話があったの。何か誤解させたみたいだから、話したいって。今日、寄るそうよ」
史乃はエプロンの紐を結ぶ手を止めた。
山本にはまだ、約束をしていない。それなのに、会うことだけはもう決まっていた。
半ば強引に二人っきりの飲みへ行くことになってしまった
初対面から、山本の視線は史乃の胸元に落ちていた。
「こんな子がいるなら、もっと早く来ればよかったな」
やらしい視線であからさまに見ている
史乃が花の説明に戻ろうとすると、山本は顔を覗き込んだ。
「怒った? おじさんの冗談だよ」
「そんな立派なの見せつけてくるからだよ」
佳代は笑いながら山本の肩を叩く。
「もう、困らせないの。史乃ちゃん、この人こういうこと言うけど、根はいい人なのよ」
史乃は小さく笑うしかなかった。山本は、その笑顔を覚えていた。
それから来店が増えた。
「今日は何時まで?」
「昨日いなかったね。休みだった?」
「髪、下ろしてるほうが俺は好きだな」
注文を済ませても帰らず、作業台の近くで話し続ける。史乃が別の客に対応すると、終わるまで待っている。接客後には必ず「さっきの続きだけど」と声をかけた。
佳代には、親しい得意客が店を気に入ってくれているように見えていた。
「山本さん、史乃ちゃんと話すの楽しみなのね」
史乃が困ると、佳代は自分が代わることもあった。それでも後から「悪気はないから、あまり嫌わないであげて」と言われる。そのたびに、史乃は相談したことを後悔した。
会場装花の連絡のために交換した番号には、仕事と関係のないメッセージが届くようになった。
返さないでいると、翌日の店先で尋ねられる。
「忙しかった? 既読にはなってたからさ」
史乃は、店で問い詰められるよりはと短く返信するようになった。すると山本は、連絡を取り合う間柄になったと思ったらしい。
「昨日は返してくれたのに、今日は冷たいね」
一度返したことが、次も返す理由にされていった。
食事の誘いも同じだった。
史乃は何度か断ったが、佳代が「私も行くから」と言うので了承した。当日、佳代は急な配達で来られなくなった。
帰ろうとすると、山本は予約してあると言った。
「食事だけだよ。そんなに警戒されると傷つくな」
史乃は、一時間ほどならと席についた。
その夜から、山本の言い方が変わった。
「この前、二人で楽しかったじゃない」
「次はいつ空いてる?」
「彼氏には食事くらい、いちいち言わないでしょ?」
史乃にとっては断り切れなかった一回が、山本にとっては次の約束の根拠になっていた。
やがて、仕事の打ち合わせの帰りに山本が言った。
「もう少し一緒にいようよ。二人きりになれるところで」
「今日は帰ります」
「今日は、ってことは別の日ならいい?」
「そういう意味じゃなくて。私、彼氏がいるので」
山本は笑顔を崩さなかった。
「それは最初から知ってるよ。別れろなんて言ってないだろ」
史乃は言葉を失った。山本はその沈黙の間にも、次の予定を決めようとした。
「今度は仕事抜きで会おう。もう、お客と店員だけって感じでもないし」
食事に応じたことも、連絡を返したことも、そんな関係を望んだという意味ではなかった。それを説明しようとすると、山本は「考えすぎだよ」と先に笑った。
帰宅してからも、通知が続いた。
「無事着いた?」
「さっきの話、嫌だった?」
「返事くらいしてくれてもいいんじゃない」
史乃がようやく「困ります」と送ると、すぐに既読がついた。
「何が? ちゃんと会って話そう」
翌朝、出勤した史乃に佳代が声をかける。
「山本さんから電話があったの。何か誤解させたみたいだから、話したいって。今日、寄るそうよ」
史乃はエプロンの紐を結ぶ手を止めた。
山本にはまだ、約束をしていない。それなのに、会うことだけはもう決まっていた。
半ば強引に二人っきりの飲みへ行くことになってしまった