石原奈緒 31歳 会社員

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作品紹介

会社の飲み会で、五十代の課長は石原さんの隣に座った。

ほかにも席は空いていた。なのに、彼女に椅子を詰めさせて、何度も顔を近づけた。

「石原ちゃん、今日は飲もうよ」
「私はこれで大丈夫です」

石原さんはウーロン茶のグラスを持ち上げた。

課長は離れなかった。彼女が別の社員と話していても口を挟み、返事が短くても、また話しかけた。

俺には、石原さんが困っているように見えた。

「山下、次どうする?」

先輩に聞かれて、俺は同じ酒を頼んだ。

課長を見ていると腹が立った。けれど、席を移って石原さんに話しかける勇気もなかった。

「山下くん、お水飲んだほうがいいよ。顔、赤い」

彼女がこちらを気にしてくれた。

「大丈夫です」

嬉しかった。自分のことを見てくれた、それだけで。

それを隠したくて、また飲んだ。

最後に覚えているのは、テーブルに腕を置いたことだった。誰かが俺の名前を呼んでいた。

次に目を開けたときには、自分の部屋にいた。

床に鞄が落ちていた。帰ってきた記憶はなかった。

スマホには、先輩から「タクシー乗せたけど、ちゃんと帰れた?」と届いていた。

俺は礼と謝罪を送って、痛む頭を押さえながら出社した。
給湯室の前で、課長の声が聞こえた。

「昨日、石原を抱いたんだよ」

足が止まった。

取り巻きの若い社員が二人、課長を囲んでいた。

「え、石原さんとですか?」

「石原の奴も、まあまあいい歳だからね。しつこく迫ったら、ようやくだよ。まったく」

課長が笑った。

そのあとも、昨夜の親密なことを、自分の手柄のように話し続けた。

俺は廊下の角に立ったまま動けなかった。

昨日、彼女が少し椅子を引いたことを思い出した。課長から顔を背けて、グラスを見ていたことも。

あのあと、何があったんだ。

「写真もあるぞ」

「羨ましいっすね」
「見せてくださいよ」

取り巻きの声は、妙に弾んでいた。

俺と同じように石原さんに仕事を教わり、助けてもらっている連中だった。

その人のいないところで、そんなふうに笑うのか。

課長の話が本当なのかはわからなかった。嘘であってほしかった。

けれど、「しつこく迫ったら」という言葉だけは、聞かなかったことにできなかった。
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